まちなか研究所わくわくは、沖縄県で活動しているまちづくりNPOです。

沖縄地域社会ビジョン大学院2014 10/30 市民運動から社会のしくみへ

日時 10/30 19:00〜21:30 
場所 天久ヒルトップ
こんにちは。まちなか研究所わくわく糸満市市民活動支援センター担当の上原千加子です。
大学院4期生の中村さんに代わり、本日の講義を受講し内容をまとめさせて頂くことになりました。
まちわく職員としての研修もかねております。どうぞ宜しくお願い致します。
講義11 市民運動から社会のしくみへ 
こども病院設立の運動とこども医療支援への取組み

沖縄地域社会ビジョン大学院2014の第11回目の講師は、県立こども病院設立運動に関わり、その実現に大きく貢献されたNPO法人こども医療支援わらびの会理事・事務局長の儀間小夜子さんです。
本講義ではこども病院設立運動のきっかけから、設立し現在に至るまでの経緯、さらには県立南部医療センター・こども医療センター近く「ファミリーハウスがじゅまるの家」受託運営についてお話をお伺いしました。
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《主な流れ》
第一部 こども病院設立が決まるまで
1.全国心臓病の子どもを守る会沖縄県支部について
  支部結成(1973年8月)
  患児の送り出し(1975年3月) 厚生省へ訴え→県外病院に沖縄ベッドが確保される
  新鮮血確保・署名運動を行う(1978年度から日赤血液センターで登録)
  琉大第二外科開設(1976年4月)→ICU設置署名運動へ(1978年11月始動)
◆儀間さんご自身が心臓病のお子さんを持つ当事者とのこと。当時(70年代初)の患者は自分の畑や土地を売って県外の病院で手術を受けていたそうです。現在でいうと、海外に臓器移植の手術を受けに行くようなものだと。さらに、輸血用血液も現在のような仕組がなく各患者が集めたそうです。全ての活動の始まりは厳しい現実の中から生まれたことを知りました。
2.「こども病院」設立運動について
  背景:重症の心臓病児や難病のこどもたちは、県外のこども専門病院で
  治療や手術を受けざるを得ない状況、病児家族の経済的・精神的負担が大きい。
  沖縄は全国一子供が多く乳児死亡率は全国二位。
  そんな中、県立那覇病院老朽化による建て替え計画が浮上。
   ↓
  全国心臓病の子どもを守る会沖縄県支部総会で「こども病院設立運動」取り組みを決議
  (1996年5月)
  他団体へも協力を呼びかけ(11団体賛同)
  署名運動(43,747人)→こども病院設立要請→県知事・県議会議長へ提出
  「県民のコンセンサスが十分得られてない」「県は財政難」と回答
   ↓
  「母子総合医療センター(こども病院)設立推進協議会」を結成(1997年4月)
  引き続き署名運動を展開、他団体からの協力が11団体→14団体→16団体へと増加
  シンポジウム・講演会・勉強会の開催
  1997年7月から2003年6月までに計4回のシンポジウムを開催
  並行してマスコミを活用しキャンペーンを実施
   ↓
  こども病院設立署名運動(2000年6月から9月)
  190,916名の署名を県知事へ提出「こども病院早期設立を要請する」
◆運動には、患者団体はもちろん、医療者である医師、行政、マスコミを巻込む必要があるとの認識があり、医師自ら署名運動を行うことで行政が耳を傾けてくれるようになったそうです。また当時、公務員だった儀間さんは職場でも支援してもらったとのこと。
さらに、シンポジウム開催後には必ずレポートを作成して県へ提出、議会においては毎回、会員が傍聴して県議会議員を対象に勉強会を開催したと聞き、受講者からは感嘆の声が上がりました。

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3.こども病院建設決定、協議会参加へ
  「地域医療を支援する高度で多機能な病院検討委員会報告書」県知事へ提出される
  (2001年3月)  
  沖縄県周産期保健医療協議会の専門部会、小児・周産期医療部会設置、協議会参加
  (2001年12月)
  「母子総合医療センター(仮称)の整備について」報告書提出(2002年4月)
  小児医療のあり方を考え、基本設計へ反映することを要望
   ↓
  沖縄県立南部医療センター・こども医療センター 開院(2006年4月)
 
◆建設決定後も手を抜かず畳みかけるように特別講演会、勉強会を開催、さらに誰かが県外に行く際は、必ずこども病院を見学し病院のイメージ持ってもらい、全国とのパイプをつくっていったそうです。また、常に県や議会の動きにアンテナを張り、情報が入り次第、県へ説明を乞うことも。
第二部 特定非営利活動法人こども医療支援わらびの会設立(2005年8月)
1.目的と事業
  「病児やその家族が安心して治療が受けられるよう、その支援に関する事業を行い、
  こどもの健全な育成と医療福祉の向上に寄与すること」
  病院ボランティア養成・活動の支援
  離島や遠方からの病児家族の滞在施設(ファミリーハウスがじゅまるの家)の受託運営
  ピアサポート・広報事業など
◆開院後、母子総合医療センター設立推進協議会がなくなってしまうのは勿体ないからと県より組織継続の要望。病院が出来る前からボランティアや宿泊施設が必要になることは分かっていたことから、建設と同時に法人化を進めたそうです。まさに追い風が吹く中での法人設立だったということでしょうか。もちろん、環境を整えたのは組織自らの力、活動の積み重ねの結果だと思いました。
2.病院ボランティアの養成と活動の支援
  養成講座受講→実習→登録(健康診断・抗体検査・予防接種必須)
  →委嘱状交付→活動開始(約500人受講うち登録者200人、現在活動者40~50人)
  内容:読み聞かせや遊びほか、兄弟の見守り、保護者の話し相手、イベントへの参加
  活動支援:ボランティア運営委員会参加、スキルアップのための勉強会開催・派遣
◆ボランティア室は絶対必要だと設計図を提出、開院後すぐに運営出来るように準備をしたそうです。ボランティア講座については「ボランティアするのに5000円の受講料は必要か?使途明細を出して」という声があったとのお話しには受講者一同驚きました。
また、当初の計画通り開院後すぐにボランティア事業を実施したところ、初めてのボランティア受入で病院側が困惑、業務に支障をきたしてはいけないと落ち着くまで休止したとのこと。その間、規約や心得を作成し病院に提出、現在では病院内に委員会を設置し活動しているそうです。
ボランティア登録のハードルの高さについても印象に残りました。会の目的の通り、大切なのは患者やその保護者に安心してもらうこと、医療故にハードルを高くしたそうです。ぶれない信念と行動に心打たれました。 
第三部 「ファミリーハウスがじゅまるの家」の受託運営
1.ファミリーハウスがじゅまるの家の概要
  建設:沖縄電力グループ「百添会」
  運営主体:(公財)沖縄県保健医療福祉事業団
  病児とその家族が心身共に安らぐ事ができ、安価で安全なホスピタリティな施設
  2008年6月開所以来、約29,000人の利用者(病児4,200人含・国内外合わせて)
  病児きょうだい児の預かり保育実施・JHHHネットワーク会議参加
◆北海道電力がファミリーハウスを建設したという情報が入り、すぐさま沖縄電力に話を持ちかけたそうです。しかし、建設が実現したとして運営資金はどこから捻出するか-。これには紆余曲折あったと儀間さん。その苦労話は受講者の特権ということで割愛します。
無事、開所してからも次の課題に着手、安心してもらうためには兄弟を預かり保育する必要があると、当法人代表の小阪が理事長をつとめる公益財団法人みらいファンド沖縄の「たくす」を活用したそうです。目的を実現するために強い信念を持ってフォーカスしているので、手立てとなる情報が自然と引き寄せられていくのだと感じました。
またJHHHネットワークには、がじゅまるの家が出来る前から交流会や研修会に参加し、情報の収集や交換に努めているそうです。
2.今後の課題
  日進月歩の医療にどう対応していくか。
  目的が達成された後、いかに継続していくか。
◆「思いは誰でも同じ、でも行動に移すのは難しい。夢が叶った後も継続していかねばならない。それを若い人にどう伝えたらいいのか。皆さん(受講者)に教えて欲しい」と儀間小夜子さんは講義を締めくくりました。

年二回、わらびの会だよりを発行し寄付者に報告

【質疑応答】一部紹介
Q 病院開所に至るまでに一番大変だったことは?
A 約10年は思いが伝わらず行政が動いてくれなかった。やはり当事者だけでは難しいと感じた。専門家を巻き込み、最終的には県民を巻き込めたので実現出来たと思っている。 国会議員が当時の小泉厚生大臣を仲介してくれた。メディアを巻込むのも重要。 
Q 当事者だけで固まってしまうことはなかったか?
A 同じ立場だけだと課題にぶつかったとき突破口が見えない。開けたときは感謝する。常に低姿勢で感謝の気持ちで行動する。それが基本。
Q 行政担当者の異動など、大変じゃなかったか?
A 異動の際は必ず申し送りをしてもらった。最初の頃は一から説明するのに苦労したが、逆に考えると担当した職員が増えていくことになるので、結果、理解者が増えることになった。
Q 皆の声をまとめるのは大変じゃないか。
A 思いは一緒で病院が出来ることを心から望んでいた。むしろ専門家である医師が独断で走ってしまう可能性があるので留意した。ぶつかることもあったが会議で話し合うしかないと思う。 
Q 市民発の事業の意義とその価値は?
A 必要としている当事者が声を上げ行動を起こさなければ何も始まらないが、市民だけでは到底達成されない。行政、医療関係者が揃ってはじめて事業が成立したと思っている。どうしたら皆を巻込めるかが大切。当事者だけではエゴだといわれ、また専門家だけじゃなく一般の人の理解も必要。署名は無視出来ない。
本講義のキーワード
「基本は感謝の気持ち」
「常にアンテナを張り、先々を読みながら先手を打つ」
「手を抜かず畳みかける」
「当事者と専門家、行政と市民を巻き込む」
「一番大切なのは患者とその家族の安心-ぶれない信念」
子ども医療支援という切実な課題に向き合っているのに、悲壮感が全く感じられないのは、
儀間さんはじめ、わらびの会の皆さんが、常に前向きで主体的に活動されているからではないかと感じる150分でした。
この機会を頂いたことに感謝します!

@うえはら